【さいちゃんのぼうけんVol.2】
 3歳だってアフターファイブ！

幼稚園で仲間と遊んでいるとおかあさんが迎えに来た。
「さいちゃーん帰るよ」
ちょっとまって、急いでやるから
とパズルをはめ込むさいちゃん。
「さようなら!また来週ね」

午後5時。
春が来ると日が長くなって家に帰ってもまだ明るい。
「ちょっとお散歩行こうか?」
「うん、いく!」
自転車置き場から愛車のストライダーを、うんとこしょとひっぱってきた。
「行ってきまーす」
父ちゃんはおでん屋の窓からヒョイっと顔を出して「行ってらっしゃい」と声をかけた。旨いだしの匂いがふわ～と北仲通りへ漂う。

fukuya bakeryの前を通るとまだ灯はともっていたが、カウンターの上のパンはきれいサッパリ無くなっている。
「なんで無いのかなあ」
「食べたい人が沢山いたんじゃない今日は」とお母さんが言った。

陣屋通りの十字路で、北の方に顔を向けると遠くの方から自転車で来る人が。
「あっ豆腐屋のおばさんだ!」とさいちゃんは言った。
そしたらおばさんも
「さいちゃーん」とさけんだ。
「どこ行くんだい?」
「ばんな寺」
「だいにち様か。めつぶしが出るから気をつけるんだよー」
めつぶしていうのはすごく小さな虫で夕方になると出るんだって。

ピンクビルの1階、どこかの魔女が忘れたほうきを見物して走り抜ける。
信号待ちをしていたら
角のクレープ屋さんから甘い匂いがしてクンクン。

「ばんな寺ついた!」
足利氏の館跡故に、ぐるり周囲を堀と土塁に囲まれ四方に門がある国宝の寺。
さいちゃんの定番お散歩コースだ。
堀を覗き込んで
「いっぱいいるねえ」とほくそ笑む。

大小様々な魚が暗い水の中をゆったりと泳いでいる。
「そうぎょだ」
平べったい白っぽい鯉みたいなのはそうぎょだよって、ひこまやの女将さんが前に教えてくれた。
「亀もいるかなあ」
目を凝らすと、小亀が水底の土をシャカシャカ掻いていた。

「お魚にごはんあげたい」
家の冷凍庫にあったパンを小さくちぎって
太鼓橋の上から放る。
おこぼれに預かろうと集結する鳩たちがさいちゃんの足元へザザーッと集まってきた。
えいっえいってパンくずを投げると驚いて一斉に飛び上がる鳩の群れ。
「もっと優しく投げるんだよ」とお母さんが言った。

全部あげたらいつもはのんのん(お参り)しようと本堂へ向かう。

お昼だったら西門近くのひこまやで
熱々のいもフライと肉なし焼きそばを頬張る。
「こないだはおかあさんに内緒でじいさんとかき氷食べたでしょ」
「だって暑かったんだもーん」とさいちゃんムフフ。

昼間だったら境内の公園で、すべり台を2個すべったり、ジャングルジムにぶら下がったり、お山をひとりで登ったりするけれど
今日は夕暮れ。
そろそろ行こうかとおかあさんは言った。

門前の石畳通り、人影も無くなんだかいつもと違って見える。
晴れている日もいいけど雨の日の石畳もまたいいんだよ、と誰か言ってたっけ。
夜の手前の石畳。

「さいちゃん、ちょっと寄り道してもいい?」
お散歩のついでについつい寄りたくなっちゃう喫茶八蔵。
「やってるかーい」
「やってるよー」と店主の声。
ここではいつも大人の椅子に座りたいさいちゃん。今日はカウンターで一杯。
「オーツミルクくーださい」
最近覚えた味。
おかあさんは深煎りアイスで。
ここには大好きなパンどろぼうの絵本とおもちゃが色々あるんだよね。
今日は店主けんとくんオススメの最新おもちゃをレンタル。無限ループにハマるさいちゃん。
今度こそ帰ろうか。
最後はいつもお愉しみのくじ引き。
「4だ」
「おっ今日は大物だね～」
当たったのはけん玉と紙風船。
ごちそうさま、またねー。

帰り道、ウチダメガネのおばさんに会った。
「さいちゃーんばいばい、気をつけて帰るんだよー」
ばいばいまたねー

今日も色んな人に会ったね、ワクワクしたね。
帰ると父ちゃんが
「お帰り、遅かったねどこ行ってたの?」
「うんちょっとね」と顔を見わせるさいちゃんとおかあさんでした。

※足利は、鎌倉に匹敵する寺社仏閣の多さ。鎌倉時代の本堂を有する国宝ばんな寺(鑁阿寺)は地元民の憩いの場であり、「だいにち様」と呼ばれている。

【ライタープロフィール】
なべのそこ
栃木県足利、渡良瀬川のほとり、関東平野の最果て。大正6年に建てられた古民家を拠点に、このまちの魅力発信やっています。
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